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映画 地球交響曲 龍村仁監督の人間力

2015年10月22日

アンシーの活き方×生き方 インタビュー

「映画 地球交響曲  龍村仁監督の人間力」

日時:2015年10月16日(金)

場所: 龍村仁事務所制作室

インタビュアー アンシー

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アンシー:ヨガ講師をしていますが、先生の映画のファンで、レッスン生も大好きな方が多いです。

この度、地球交響曲第8番が上映中ということもあり、インタビューを宜しくお願いいたします。

この映画のクランクイン中にお怪我をされたとお聞きしました。

よく映画を撮り続けることができましたね?

 

 

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龍村監督:これが病院でとったレントゲンの写真だよ。

映画を撮り終えてから、後に、人間ドックに行ってわかったのですが、腰痛の圧迫骨折状態でした。

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アンシー:先生の健康感というのを、お聞きしたいと思います。

 

龍村監督:地球交響曲第一番の出演者 登山家のラインホルト・メスナーが言っていたのが、

人間にとって最も大切なのは、スピリット、マインド、ボディの三つの要素からなりたっていて、

スピリット 魂

マインド 心 知性とか理性

ボディ     身体 器としての身体

人間はボディの部分が一番弱い物、有限なものです。

人が生きるというのは有限性、限りがあるということを自覚した上で開いていく。

ボディは一番弱いがゆえに大切で、

これは僕の解説になりますが・・

そのことが柔軟で開いてくると、

みなさんが言う霊性とかマインドの知的とか愛が開いてくる。

身体性というのが、有限であるがゆえに素敵なんだ、ということなんだよ。

ただし、ほっとくと制約になるわけでしょう。

自分の身体と魂みたいな宇宙ともつながるような直観的な状態のレベルが、

調和している状態が一番大切な状態。

身体と対話する回路を開くのが重要で、

ヨガの基本的な思想は、自分自身の固有の物質的身体と自分がお話しをする。

「対話する」という回路が開いてくるのかが重要。

心に制約されて閉じるから。

地球交響曲8番でいえば「宇宙の声が聞こえますか?」ということです。

宇宙の声を聴くというのは、身体性のビビットな部分を保っていく。

ヨガの教えは、みんな、こんなポーズができるか否かと言っているけれど、

自分の身体と自分が会話する回路を開くために、ヨガみたいなものがある。

俺自身はそれが実践していることです。

 

もし、その時お医者さんに見せたら、1ヶ月はギブスをはめて、

寝ていなくちゃいけない状態だったんだ。

ここが完全に砕けているでしょう。

おれは無理して頑張ったんじゃないんだ。

やった瞬間は確かに油汗が出るほど痛かったけど、

もう次の日、映画の大切なシーンの撮影があって、休みたくなかったので続けていたし、

俺自身の身体のコントロールの仕方の中に、

ある一カ所に生じる不具合、すなわち肩が痛い、腰が痛いとか、

今感じている痛みの有る箇所だけに特定して、そこに病原菌があるとか、悪い状態があるから痛いとか、その1ポイントに強烈な薬を投与するのが、西洋医学的な発想にはあるんだけど、

その痛みが、実は、そこだけの問題ではなくて、全体のつながりの中でそれが痛いと信号を発している。

だから、ロケ中もその間でも、どこかでヨガをやる。

ご存知のように弟がヨガの先生で、僕はラグビーで何カ所か骨折していたときに、

身体を対話する回路を開くというのをやっていて、

一カ所の痛みを、全体の仕組みで引き受けるということをやっていたし、そういう考え方も持っていた。

また、撮影の一瞬一瞬の美しさに対する感動とか、いる人たちの素敵さとかで心が動くわけでしょう。

そのことも痛みを消すひとつだし。

また、物理的に無理をしている状況のときに、痛みが増えてきたときに、痛みをちらす。

そのためには、ヨガ的なことをする時間を、ロケが終わってホテルに帰ったあとなんかにやり続けていた。この映画というのは、ロケを一日も休むことなく、

しかも状態も最後まで知らなくて、2年後に人間ドックに行ったときにわかったよ。

医者はあきれ返っていたよ。

レントゲンを見ればわかるけど。

 

自然治癒力っていうのを、活性化するということができる。

身体と話をする回路を開いているということ。

痛みをがまんするのは大変だけど。

あるヨガのポーズをすると、もともと痛いところは信号が来ているのだけど、

どうも違う場所と深く関係しているなと分かってくると、

違う場所に意識を集中してそこをゆるめる。

そういう感覚だよね。それが対話するということ。

それが最終的にチェックできるのは三点倒立だよ。

逆の状態になると内臓の臓器に

いつもと違う重力がかかるからビビットになっていくんだよ。

このことを西洋医学的なことだけやっていると、

映画8番は、できなかったということだよ。

 

アンシー:この映画をつくる時に、すごいことが起こっていたのですね。

そのことを皆さんにお伝えするのは、地球交響曲第8番の違った意味で必要だと思いました。

日本は高齢化社会になり、健康に対する情報が飛び交うなかで、医療に頼るだけでなく、健康法の自立が必要だと思います。違った角度からの身体の観方を、先生のご経験からお伝えしたいと思いました。

 

龍村監督:自分の中の不具合を、バランスを整えることで身体のシステムが何か機能すれば、

そんなにたくさん薬を飲まないですむし、飲まないと拒絶しているのではないよ、

自分の中のそういう能力は宇宙的な意味では設計されているということを知っていけば、

医療費は半分になると思うんだよね。

 

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アンシー:ヨガをやっていて一番良かったこと、楽しかったときは、

生徒さんにヨガを一生懸命教えていて自分がなくなったり、

アサナをやって、瞑想していて、自分がなくなった時です。

自分という感覚がなくなったときの、

自我がないという状態は、先生からみたらどういう状態ですか?

 

龍村監督:身体というのはもともと空っぽの状態で、だから「カラダ」と言うんだけど、あると思っているのが自我だから、自我的なるもののマイナス面をなくすというのは、いろいろなやり方があります。

だから自我がなくなるのが良いとうことではないんだよ。

自我がある方が、自我とは何かがわかる。

器としての身体のしくみは、千差万別ですから、

ある程度のHOW TOは教えられても、

最終的には自分と自分の身体との対話の回路がほぼ開いて、

自分の身体は他者とちがうという。

「だからダメなんだ」ではなく、「だから素敵なんだ」が、正しい自我の持ち方だよね。

それが自分なりの独自の、道とかの生き方が出てくるよね。

 

アンシー:社会の中では他者と違うことが悪いことだとか、

違うことをやりづらい人たちがいますよね?

 

龍村監督:みんなHOW TOというのを求めるからさ、究極のHOW TOは自分の中にあるのだからさ。

自分が自分であるっていう喜びを感じるのも、すごく重要なんだよね。

自分がなくなるのも素敵だけど、なくなっているということが、どういうことかっていうと、

自分が自分であるということを知っていくプロセスなんです。

「自分って、なーに?」というときに、

他者と振り分けて自分が違う、というレベルではなくて、

自分が、有限な、肉体をはるかに超えた宇宙的なつながりの中で、

今この一瞬の生かされる体感なんだよね。

観念ではなく、身体という有限なレベルをとおして、

その喜びを知っていくときに一番解放されていく。

同時にすぐくずれるから。くずれていいんだ。

 

アンシー:すぐくずれるし、求めたら遠のいていきますね。

 

龍村監督:求めるという発想ではないんだ。

自分の中にもともとあるのだから。

求めるとは外からもらいたい、という感じじゃないですか?

自分の中にあるもんだから他者から注入してもらうものではない。

自分の中にあるもんだと気づいて、自分なりの回路で気持ち良くなる。

気持ち良くなるっていうのは重要だね。

 

アンシー:また地球交響曲にもどりますが、たくさんの方にインタビューされていますが、

どの方を選ぶのかは、直観ですか?

 

龍村監督:そうなんです。直観とご縁です。

みんなよくわからないから、監督は優れた直観の持ち主だ、という人もいるけれど、

それをいうと「直観ってなに?」ってことになるけど、

気持ちいいなとか、美しいなとかという、ポジティブな感覚が生まれることが、直観のビビットさになっている。

みんなは、龍村仁はたくさんの人脈のネットワークを持っていてと思っていて、

書いたものとか、つくったものとかの情報は集めるけど、

一見すごいことを言っていてもお会いした時にわかるんだよね。

お会いしたら、情報や知識で判断しているのではなくて、その人の瞬間で判断しているんだよね。

その人が良くない意味での自我が強すぎたり、得をしたいと思っていたたりすることを、必ずしも否定はしない。

でも、ガイアの出演者は撮るんだよね。

撮るということは、その人のもっている気みたいなのもの、感じるんだよね。

人は、先に現れるものを感じるだよね。

知識とか言葉とかを、意味的に了解するのは、次の回路です。

その人が教えてやろうとか、見せてやろうとかではなく、

この感覚は自分が身体を持って通過するなにか経験したことなんだから、

他人にそのままを伝えたりすることはできないんだと知っていながら、

みんなと同じ感じを分かち合いたい。

「分かち合いたい」というエネルギーがその人の中に現れてくると、表情が変わっていく。

みんなが「ガイアの出演者はいい顔していますね~」というけど、

ある意味ではいい顔になっていくんだよ。

出演者の言っていることが本質だから、俺が自分のことのように返すじゃん。

絶対伝わらないと思っている次元が、説明ではなく、理解しているんだなと思うと

表情が変わってくる。表情が出てくるというのが、ガイアの特徴なわけ。

みんなすごいこと言っているって驚くんだけど、

知的な回路よりそこに落ち着くまでの、その人の気というか、みたいなもの、現れるのは先に伝わるんだよね。出演者の言葉が素敵だなと思うようになってきたら、

難しいこと言ったって、みんな受け入れちゃう。もっと知りたいと思う。

それが、人を軸にしたドキュメンタリーのスタイルになっている。

劇映画とは違う分けですね。アニメでもないわけです。

 

アンシー:表情ってボディ、マインド、スピリットの全ての表れなので、みんなそれら全部を使って表現したいと、思っていますが、身体だけとか、知性だけとかでとどまっています。ほんとは使いたがっていると思います。

 

龍村監督:それは自分自身が、明け渡すということが喜びになってくれば、みんなそうなってくるし。

 

アンシー:会話なので、対話なので、それを受けてくれる相手が必要ですね。受けてくれる人がいればどんどん出そうと思います。

 

龍村監督:ガイアというのは俺が言いたいことがあって、そのいいたいことを映画の方から一方通行で観客の方に向かって表現していると思いがちですが、全然そういう感じはないですよ。

できあがった映画というのはもう形の上で存在している。

観る人がいて上映されてその時に、

音とか、色とか、タイミングとかいろんな要素があるんだけど。

観ている人との間の双方向のクリエイティブなエネルギーがあなたの中にあります、とかの言い方をするけれど、その時瞬間に生まれて、瞬間に消えていくんだよね。よくみんなが言うじゃん。あの時はすごく感動したのだけどすぐに忘れてしまう、自分はだめだ、とか。忘れた方が良いのに思うんですよ。その瞬間にそういう風に動いたものは、なくなりません。どうしてかというと自分自身の中にあったものだから。

 

アンシー:そうですね。あったものですね。

 

龍村監督:そういう想いで、創っているからね。

観ている人が、自分自身という肉体も含めた中で映像と対話して、

自分の中にある自分も見えてないものがクリエイトされ始める。

だから映画のクリエイターは観客が半分なんです。

 

龍村仁監督のインタビューを終えて

人間ってなんて、素晴らしいのだろう。

今生きていて本当に良かった!

私の中にあるものが反応し、

ボディもマインドもスピリットも、とても喜んでいました。

また、いつもの自我のわたしに戻りますが、

これもよしで!

龍村監督に、全てを開くための準備、勇気をいただきました。

ありがとうございました。

地球交響曲第8番 上映中 公式サイト